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EVENT 催事

ミニパネル展「八戸の災害」

【ごあいさつ】
 平成23年(2011)3月11日に発生した「東日本大震災」を契機に、災害に対する関心が高まっています。特に9月は、震災発生から半年ということで、平成23年より『防災月間』に指定されています。当館では毎年、この9月の防災月間にあわせ、災害を忘れず教訓を活かすため、過去に八戸を襲った災害について、パネル展示で紹介しています。
 地域に刻まれた災害の歴史を振り返ることで、防災について改めて意識する機会となれば幸いです。
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【第1章】八戸の災害史-地震・津波-
 太平洋に面した八戸には、これまでにも地震や津波の被害が多数ありました。古くは、応永18年(1411)の津波により「八戸横枕主家」が絶えたほか、慶長16年(1611)旧暦10月の地震と津波で領内1,783人・牛馬85匹が溺死、同年11月には南部・津軽の海辺の家々や人馬3,000余が溺死したと伝える記録があります。
 江戸時代、八戸にも被害があったマグニチュード7以上と推定される地震は、元文4年(1739)、宝暦12年(1762)・同13年、安政3年(1856)に発生しています。安政3年の三陸沖地震では、家屋の流失や橋の崩落があり、馬淵川が櫛引村まで逆流したといいます。
 「明治三陸沖地震津波」として知られる明治29年(1896)の地震と津波は、岩手県沖でマグニチュード8を超える規模のものでした。地震発生から30分ほどで到達した非常に大きな津波によって、特に三陸沿岸で壊滅的な被害があり、八戸近辺でも海岸沿いを中心に家屋の倒壊や流失といった被害がありました。
 その後、明治34年(1901)、昭和6年(1931)にもマグニチュード7を超える地震が発生しています。また、昭和8年(1933)には「昭和三陸地震津波」、昭和43年(1968)には「十勝沖地震」、平成6年(1994)には「三陸はるか沖地震」と、三陸沖で発生した大地震がありました。
 なお、過去に八戸沿岸を襲った津波は、必ずしも近くで発生した地震に起因しているわけではありません。昭和35年(1960)チリ沖で発生したマグニチュード9.5の地震は、八戸を含む太平洋沿岸に大きな津波被害をもたらしました(チリ地震津波)。八戸でも係留していた漁船が打ち上げられたり、第二漁市場が損壊したりと、冬季国体の開催を返上するほどの大きな被害となりました。

☆★☆資料紹介☆★☆
 明治29年発行の『大海嘯極惨状之図』は、明治三陸沖地震津波の様子を広く伝えるために制作されました。旧暦の端午の節句に発生した地震・津波であったことから、大波に押し流される五月飾りも描かれています。
 かつて、大災害が発生した直後には、このような印刷物や写真の絵葉書などが発行され、被災状況を広く伝える媒体としても使われていました。

☆★☆資料紹介☆★☆
 八戸市内におけるチリ地震津波の被害状況は、昭和35年5月、和井田登氏によって撮影された写真で知ることができます。昭和中頃、市内各所の様々な風景を捉え続けた和井田氏は、津波や風水害、大規模火災等が発生した後の状況もカメラに収めていました。
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【第2章】東日本大震災から10年
 平成23年(2011)3月11日、三陸沖でマグニチュード9.0を記録した「東日本大震災」は、日本観測史上最大規模の地震となり、戦後最大の災害と言われます。岩手・宮城・福島を中心に東日本一帯で甚大な被害があり、福島第一原子力発電所の事故も深刻な問題として、震災から10年を経た今なお、復興は道半ばというのが実情です。
 10年前の八戸の被害は、人的被害としては死者1名、行方不明者1名、負傷者71名。建物の被害は全壊254棟、大規模半壊181棟、半壊590棟、床上浸水1,600世帯でした。また、地震後しばらくは物流が滞り、燃料や食料品が手に入りにくい状態が続きました。

☆★☆資料紹介☆★☆
 Youtube「八戸市広報チャンネル」では、八戸市の記録動画を公開しています。
 東日本大震災 八戸市の記録 – YouTube

☆★☆資料紹介☆★☆
 八戸市大久喜漁港の側にある厳島神社には、現在「奇跡の鳥居」と呼ばれた3基の鳥居と、その経緯を紹介する解説板が建てられています。震災から10年の節目に建てられた解説板は、新たに「震災伝承施設」として登録されました。
 震災当時、大久喜に押し寄せた津波により、厳島神社の鳥居が流失しました。その2年後の2013年春、日本から約7,000㎞離れたアメリカ合衆国オレゴン州の海岸に、朱塗りの材木2本が相次いで漂着しました。この話は同州の「ポートランド日本庭園」に伝わり、神社の鳥居の一部(笠木)であることが分かると、付属していた木札に記された名前を手がかりに、持ち主探しが始まりました。
 なかなか有力な手がかりがありませんでしたが、2014年7月に当館へ問い合わせがあったことから持ち主が判明、厳島神社のものであることが分かりました。2015年、2本の笠木は日米の多くの人々の協力を得て無事里帰りを果たし、翌2016年には同地に再建されました。
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【第3章】防災意識の更新
 地震や津波だけでなく、火災や風水害、凶作、疫病など、新たな災害の発生により、防災知識は更新されていきます。何度もやってくる危機的状況を分析し、その仕組みを解き明かすことで、人々は災害を防ぎ、少しでも被害を減らす努力を積み重ねてきました。
 学校という学びの空間では、避難訓練等における想定がマグニチュード7.9(十勝沖地震)や7.6(三陸はるか沖地震)から、マグニチュード9以上の地震とそれに伴う大津波の発生に更新されています。日常生活の中でも、ふだん立ち寄る範囲の店舗にも防災グッズや防災知識の解説書が並び、より親しみやすく学べるアプリやホームページが目に付きます。それは設備やシステムだけでなく、災害に対する人々の意識も更新されてきた結果といえるでしょう。

☆★☆資料紹介☆★☆
 地域のハザードマップは、新たな情報を加えて更新されます。青森県の津波浸水想定は、令和3年(2021)年5月に「津波防災地域づくりに関する法律」第8条第6項の規定に基づき変更されました。こうした防災情報や危険区域等は、都道府県や市町村のホームページで確認できることを知っておくことも、一人一人ができる災害への備えです。
 津波浸水想定の設定|青森県庁ウェブサイト Aomori Prefectural Government

☆★☆資料紹介☆★☆
 明治29年(1896)に愛善社から刊行された『変災前知身体保全法』では、変災を事前に察知する”身体保全法”について紹介されています。その方法とは、機器や薬を使うものではなく、首の動脈や手首等の所定の3ヶ所で脈拍を計るというもので、それがふだんと違うような場合には変災があると解説されています。
 興味深いのは、実際に難を逃れたという実例が多数掲載される中、この方法で「無難」を確信して行動した結果、被害を免れたというエピソードもいくつか見られる点です。災害が起こった時に重要なのは、冷静に判断し、落ち着いて行動すること。深呼吸のように、この”保全法”を行うことで落ち着きを取り戻すことができるのであれば、確かに災いを回避する上で有効といえるかもしれません。
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【おわりにかえて】
 本展は、防災月間の9月にあわせ、平成25年より毎年テーマを変えながら開催しています。小規模な展示ではありますが、誰かにとって”忘災”を防ぐ一助となるよう、地域の博物館として「八戸の災害」を取り上げてきました。今年は臨時休館(9月1日~30日)となり、博物館に足を運んでいただくことは叶いませんでしたが、少しでも情報を発信できればと思い、公式ホームページ及びSNSで展示内容を公開しています。
 災害を事前に察知できれば、ある程度は防ぐことができるでしょう。しかしながら、そのための確実な方法は無く、災害に対しては、現時点でできることをするしかありません。地域社会や組織、そして一人一人が備えること、過去の災害から得た教訓を忘れず、知識を得ておくことが大切です。
 コロナ禍という状況の中、このような形での”開催”となり不備不足もあるかとは思いますが、ご覧いただいた皆様に何かしらの得るものがあれば幸いに存じます。

令和3年(2021)9月 八戸市博物館
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開催期間2021年9月1日(水)~30日(木)
展示場所博物館2階 渡り廊下・無形資料展示室・ロビー
※2021.8.28変更…博物館ホームページ・公式SNS(Facebook・Twitter)にて
その他災害の記憶を忘れず、その教訓を活かすため、当館では防災月間である9月にあわせ、過去に八戸を襲った災害に関するミニ展示を毎年行っています。
※施設の臨時休館に伴い、公式ホームページ及びSNS(Facebook・Twitter)にて、展示内容を順次公開いたします。
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